2018年01月17日

かけはし2017

2017年12月3日 カラコンサート【かけはし2017】終了のお知らせ

カラのコンサート『かけはし2017』は200名以上のお客様をお迎えして、楽しく繰り広げられました。

当日は原田康子さんのシャンソン・カンツオーネを中心としたステージでした。
ピアノは中上香代子さん、そして特別に現在ニューヨークで活躍中の20弦琴奏者 黒澤有美さんをお招きしてのコンサートでした。

今回初の試みである、原田さんの歌と黒澤さんの琴、中上さんのピアノのコラボレーションによる「白い想い出」は、お客様の心を揺さぶる、とても素晴らしく、深く心に残るプログラムでした。

黒澤有美さんは、自身の編曲によるビバルディーの四季、竹田の子守歌、サクラ変奏曲など、数曲をソロ演奏しました。
とてもエネルギッシュな演奏で会場は圧倒されました。

また、代表がカラの現地での支援事業についても説明し、お客様にご理解いただきました。

今回の会場は、カラ代表の母校でもある日本歯科大学九段ホールをお借りしました。
これは中原学長先生や、休日にかかわらず早朝からお手伝い下さった大学側の方々のお力添えによるものでした。

終了後は、いつものようにくじ引きで当たったお客様11名にアフリカの品が贈られ、和やかに終了しました。


次回のコンサートへの大きな期待が寄せられました。


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2017年04月24日

―マリ農村女性の楽しみー  ザイナブーの旅

 2016年11月29日、久しぶりにバブグ村を訪問しました。
バブグ村はかなりの発展を見せ、診療所からは子供の泣き声が聞こえ、小学校では子どもたちが元気に校庭を飛び回っていました。
カラの宿舎にひとまずくつろぎ、さっそくアワが私の好物の「ヤッサ プーレ(鶏とたまねぎの料理)」を作って、みんなで賑やかなランチ タイムを過ごしました。
 アシスタントスタッフのバジェ ファネはトウグニ地域のモバ村からバイクで約1時間半かけて、私に会うために来てくれていました。バブグ村のアシスタントスタッフにシャカ ジャラも加わったからです。バジェ ファネはアワが一番信頼を置くスタッフです。
私が彼に何か質問しても、口では答えずに首だけで返事をします。きっと恥ずかしいからなのでしょうが、アワは気に入らないようで、すかさず『村上さんが聞いているからチャント口で答えなさい! 2人も子供がいる父親なのに、なんて様か! 口は無いのか!』といささか荒い口調でいい、みんな大笑いです。
 そこにバブグ村産院の助産師のジャラ クリバリーと看護師のギンドウが加わったのですが、この看護師も返事が1拍も2拍も遅れるのです。アワは「これでよく診療が出来るもんだ!」と首をひねっています。しかしバブグ診療所は、カラ開設した産院・診療所9ケ村の中では一番患者数が多く、10月は73人もの患者が来た、と言います。看護師は無口の方が信頼されるのかも知れません。
 それに引き換え女性陣は、助産師のおしゃべりなジャラとアワ、村の女性リーダーのガンガ、さらにカラに集まってきた女性達が加わり、さらに私を加えて大変な賑いでした。どこの世界も女性が元気です。
 しゃべってばかりいないで野菜園を視察しようということになり、みんなでゾロゾロと出掛けました。
1haに満たない野菜園ですが、これから野菜園を囲む金網の柵が建設する予定です。
野菜園の隣には96年にカラが植林地第一号として造成した、村人がケアをする造成林があります。
見事に大きく育ったメリナやニーム、ユーカリは、もったいないので伐採はしないそうです。
野菜園はまだ防護柵が建設されていませんが、一部でタマネギが少しだけ栽培中でした。どうしてたまねぎばかりなの? と聞くと、「栽培が簡単だから」と、返事も簡単です。今はコットンの収穫で忙しいので、それが終わったらトマト・キャベツ・ナスなども栽培する、ということでした。
 夕飯にはミレットの「トー」を作ってくれました。懐中電灯だけの灯りの下での夕食も、満天の星に助けられ、不便さもなくにぎやかです。何といっても未だにアワの先日の日本での話で盛り上がります。アワは人まねが上手く、出会った日本人の真似をしてみんなを笑わせています。本当に楽しかったようです。村の人に会うと「アワの日本への旅をありがとう」とお礼を言われます。日本では、あまりないことです。

 夕食後に胸を打つ話を聞きました。それは、アワがモバ村滞在中に雇っていた少女の話です。
名前をザイナブーといい、彼女は14歳から働いていました。村の習慣で、既に親の決めた許嫁がカニカ村にいました。嫁入り道具を揃える為や、花嫁修業もあってのお手伝いさんでした。
アワがバブグ村に来る前に嫁に行くので退職してたのですが、そのザイナブーがアワを訪ねてバブグ村まで来たというのです。背中には1歳に満たない赤ん坊をおぶって、頭にみやげを乗せテクテクと2日がかりの徒歩の旅でした。
旅立つ前に彼女の村から片道10kmもあるモバ村まで行き、電話を持っている友人にアワへの連絡を頼んだそうです。夫に許しを貰っての旅です。
 旅の初日はカニカ村から18kmのオロコロジー村まで歩きます。その夜は村の親戚に泊めてもらい、2日目にバブグ村を目指して、メンコロブグー、ドゴニ、ファニ村を経て24kmの道を歩いて到着したのです。
お店もなく、水も途中にある家で貰って飲みながらの旅です。きっと「アワに会いたい」と思う一念だったのでしょう。
そしてアワに、少しだけど・・と言って、本当に少しずつのティガニクル(豆の一種)、ササゲ豆とトウジンヒエをおみやげに差し出したそうです。
文字の読み書きもできない彼女なので、バブグへの道もよく知らないと推測されます。それでも途中で行き会う人にバブグ村への道を訪ね、到着したそうです。彼女の心情を想像すると、言葉では言い尽くせない感激を覚え、涙が出る思いでした。

 バブグ村での1週間の滞在は、満足の行くものだったのでしょう。毎日仕事のあるアワを助け、一緒に食事をして、一緒に笑い過ごした日々だったということです。
帰路もまた行き同様に2日かけてカニカ村へ帰って行ったそうです。約10日間の旅を許してくれた夫もキット理解ある優しい人なのでしょう。
苦労しても訪ねてくる人がいるアワ、苦労してでも会いたいと思う人を持っているザイナブー、何とも幸せな話ではないでしょうか。

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子供に離乳食を与えているザイナブー
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2014年11月19日

「マリ共和国におけるボランティア活動、アフリカ農村女性ゼロからの出発」 岡谷市読書サークル協議会主催 文化講座

 11月8日、秋色に染まった信州、岡谷市の岡谷市図書館で、岡谷市読書サークル協議会の主催による文化講座で講演を行ないました。
講演のテーマは「マリ共和国におけるボランティア活動、アフリカ農村女性ゼロからの出発」です。
この講演会をご準備下さった岡谷市読書サークル協議会のメンバーはお母様方で、1960年から現在までの54年間、毎年各学校の小学校PTA母親文庫の代表者が集まり、読書活動や文学散歩、文化講座、図書館ボランティア、新聞発行、読書会等の学習を目的に活動を続けていらっしゃいます。
 当日は、午後1時半開催で、会場には約30人の市民の方々にお越しいただきました。
ボランティア団体としてのカラの、マリ共和国における現在までの活動と成果について講演いたしました。
なじみの薄い西アフリカのマリ共和国の、特に農村の人々の日常の生活や、活動に取り組む姿を資料をふまえてご覧いただきました。
 日本人と異なる環境の下、教育や医療設備が全くなく、時として食料不足に陥ること、出稼ぎを余儀なくされる状況、文字を知らない為に招いた不幸など、このような地域で生きる人達の日常を、うなずきながらお聞きいただけました。地元の新聞社の方もお越しになり、演者にとっても印象深い講演会となりました。
 当日の開催にご尽力下さった岡谷市読書サークル協議会の方々のご親切に、深くお礼申しあげます。
余談ですが、メンバーの方々がお持ち下さった、ご自慢の自家製お漬物がとても美味しく、この味もとても印象的でした。ありがとうございました。
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特別講演@平成26年度 あま市市民活動祭 平成26年10月11日

愛知県 あま市の平成26年度市民活動祭にて展示と特別講演を致しました。
 このあま市主催の市民活動祭は、あま市国際交流協会の協力により、同日に開設されたあま市市民活動センターにおいて、市民活動団体の発表展示と特別講演会が開かれました。
 センターの1階にて市の役職の方々が多く参加され、市長さんのご挨拶についで、市民と共に開催式を行ないました。
その後2階に場所を移し、市民活動団体の方々の活動展示物で埋め尽くされた会場で、特別講演会が行われました。
特別講演ではカラ代表村上一枝が、現地マリ共和国の農村で、住民が自立へ向けた生活を目指して日々真摯に努力しているさまと、これらへ向けたカラの支援活動を資料を使用して経過と成果について講演を致しました。
 会場には、市民の方やカラの会員さんたち200名余りがお越しになり、現地マリの工芸品の展示も行われました。写真の、同国際交流協会の近藤さん(写真に向って右)と早川さん(写真中央)が主体となり、展示ブースにてマリの泥染めを説明し、ご支援をお願いして下さいました。
 あま市国際交流協会の前身は「甚目寺町国際交流協会」といい、大角佳生氏が代表を務められ、多文化共生を目的に2008年に設立され、愛知万博開催時に愛知県の「一市町村一国フレンドシップ事業」に於いて、当時の甚目寺町が、マリ共和国のホスト自治体となり交流をしたことが縁で、その後も継続してカラへご支援を頂いている団体です。
カラは、市町村合併前の甚目寺町の時代から現在まで、講演会やイベントに数回参加させていただいております。
皆さまの積極的なご支援に感謝致しております。ありがとうございました。

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2013年09月30日

カラの現地から 2013/9/30

 2013年の雨季の状況についてマリの現地スタッフから久々の報告がありました。
雨季は集中的な降雨があり、バマコ市内の連日の停電で連絡が不可能だった為です。

 カラの活動地域ではアチラコチラの村の識字教室や、村民の住宅が崩壊してしまったということです。
住宅はすべて土レンガの建設で鉄筋が入っていませんから、強い風と雨で崩壊してしまうのです。
昨年一昨年、そして今年もカラのコニナ村の宿舎の一部が崩壊しました。

子供5人をかかえるスマイラ家族は、一昨年の豪雨でコニナ村宿舎に住むことが出来なくなり、カラも資金不足で修理できず、残った一部の部屋にスマイラが住み、子供たちと奥さんはクリコロ町の親戚の家へ引っ越しました。
ケイタとアワ夫婦の住むモバ村の宿舎ではトイレが壊れただけでしたが、ケイタは「強い風を非常に怖がり、コーランを唱え一晩中眠ることが出来なかった」と、アワが笑っていました。ケイタは非常に慎重(怖がり)で珍しい食べ物も口にしません。今年の雨季の総降雨量は、400mm前後と、そう多くはないのでが、このように8/14の一晩で145mmも集中的に降ったり、大きな被害が出たということでした。
カラが過去に建設した識字教室は、壁面に針金を張り巡らせてありませんので、北東の壁面やトタンの屋根が飛んでしまいました。日本でも大風による多くの被害が出ましたが、日本のように直ぐに補修できない経済的状況でもあり、雨上がりの寒さで老人や子供たちが病気にならないことを祈っています。

今年はバマコ周辺で1000棟の家屋の崩壊と40人の命が失われています。
毎年降雨量が心配されていますが、多くても少なくても問題は発生し、作物も多くの被害を受けているようです。
今年もこのような天候だったために、食料不足をきたし、青年の出稼ぎも多くなるでしょう。
 雨季の間は村間の道路が決壊してしまい行き来が出来なくなり、セイドウはバマコ事務所から村へ行くのにも大変です。非常に遠回りをして、いつもの3倍時間がかかるということです。建物は通常トイレは外にあり屋根が付いていないため、トイレに行くのも難しいです。

 今進行中のJICA支援事業の識字教師の育成研修会、特にフランス語コースは、農繁期(7月から9月)には基本的に休みですが、6月終了時に学習内容が小学校4年生まで進み、だんだん難しくなってきたので、研修生の希望もあり復習の意味で7月に特別研修を行ないました。
 公用語のフランス語を読めて書けることは、職業に就く時にとても有利です。研修生は、熱心で研修会への出席を大事にしていますが、出稼ぎに行かざるを得ない人もいて、出席率は70〜80%です。
しかし3ケ月ごとの試験の結果を見ますと、成績に地域差がはっきり出ています。一番成績の優秀な地域はバブグ村の研修会です。成績が芳しくないのは、当然中央からはるか遠く離れたヌムブグー村の研修会です。
これは未だ小学校も無く、識字教室だけの地域ですから仕方がありません。
フランス語のコース研修生であるにも関わらず、バンバラ語のコースにも自主的に出席している女性もいます。勉強したいと願っている人が多いのに、それを満たすような環境が整っていないのは不幸な事です。
いわゆる、内に秘めた才能をもっともっと引き出して活用するよう仕向けることが、地域開発への早道かも知れません。しかし、問題もあります。出稼ぎ者が多く欠席者が出ることは仕方のないことですが、女性研修生が悠々と遅刻してくるのです。
スマイラは何度も注意しますが、依然として改まりません。送れて教室に入ってくるときも「スイマセン」と謝ることなどなく、とても堂々としているのです。日本人と意識が違うのでしょう。
このような態度は何年現地で働いていても、慣れることはなくストレスとして残ります。

 ついで、マリ大統領選挙が8月に無事意終了したことをお伝えします。有権者数は6,829,696人、投票率は51.54%でした。
イブラヒム ブバカリ ケイタ氏が今後5年間のマリ新大統領になり、9月4日に就任式がありました。
そして翌5日には、オマール タタン リー氏首相に就任しました。国民は新政府体制が整うのを期待しているということです。

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大雨で崩壊した識字教室

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トウジンヒエの畑と迫り来る雷雨

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モバ村への豪雨の道

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雷雨とカリテの実を採る女性

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トウグ村の街道が崩壊しハスが開花しました。
posted by CARAブログ at 17:58| アフリカの地より