2013年05月09日

世界は今(岩手日報2013年2月24日)

 日本では、マリ共和国はあまり知られた国ではなかった。しかし、昨年3月のクーデター後、連日のように報道され、注目を集めている。
 音楽の世界ではマリは有名で、特にジェンベ(太鼓)奏者は日本にも数人滞在している。現地では結婚式やお祝いのとき歌って踊って祝う習慣がある。
 国土の7割はサハラ砂漠で、最貧国の一つで外国援助が多く投入されている。人口は約1300万人、首都はバマコ市。街の中央をニジェール川が流れ、雨期と乾期で水量が著しく異なる。川は重要な交通路でもある。
 以前から北部(サハラ砂漠)に住む一部の人たちは独立の気運が高く、一時独立運動が活発となり問題となっていた。今回はそれがクーデターに発展し収拾がつかない事態となった。
 世界遺産も多い。古代には「黄金の都市」といわれ、学問や交易が盛んだったトンブクトー。アスキアの墓があるガオ。いずれの街も破壊され、市民も犠牲になっている。
 私が1989年10月から約1年を過ごした砂漠の村は今まさに戦場だ。村には飲料水も食料も十分になく、病気になっても薬もなく医者もいない。
 しかし、美しい砂丘の連なりや砂に輝く月の光と影が見られる夜には、どこまでも響く子どもたちの手拍子と歌声などが聞こえてきた。今は塩を積んだラクダのキャラバンの季節でもある。
 人々の暮らしや経済は降雨量に左右される。雨が降らないと主食のトウジンヒエやトウモロコシ、輸出用綿花の収量が減り、収入も減少する。青年たちは一族の暮らしを背負い出稼ぎに行く。
 学校は義務教育だが、都市部以外は教育の必要性が浸透していない。施設や教師も不足で、授業料を払えない家庭は子どもを就学させることもない。
 都会では水道や電気、エアコンも普及し、電話、ファクス、電子メールも使える。だが、停電がよくある。
 マリは1960年、フランスから独立した。日本の3倍の広さで、複数の部族が住み習慣も言葉も意識も異なる。しかし、部族間の差別は高齢者に多少残るものの、若者はそんな考えはない。
 砂漠地帯で今騒ぎを起こしている人たちは「コーランの教えにはないことをしている」と批判的な目で見られている。
 これまでは多様な部族が仲良く暮らしていた。国民は基本的には穏やかでのんびりした気風の人たちで、決して過激なイスラム教徒ではない。一日も早く穏やかな日々が再び訪れることを祈りたい。

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posted by CARAブログ at 16:01| 新聞・雑誌掲載記事